はじめに
最近、マラソンやウルトラマラソンの世界では「ガットトレーニング(Gut Training)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
ガットトレーニングとは、レース中に糖質を補給する練習を繰り返し、胃腸を補給に慣らしていく考え方です。
しかし、ふとこんな疑問が浮かびました。
「普段からお米をたくさん食べることでも、腸は鍛えられるのではないだろうか?」
僕自身、ランニングを再開した当初は糖質を控えめにしていました。
その後、スポーツ栄養学を調べる中で糖質摂取量を見直し、お米を中心に食事量を増やしていくと、脚の重さや連日のランニング後の回復に変化を感じるようになりました。
もちろん、これは睡眠やトレーニング内容などさまざまな要因が関係しているため、糖質だけが原因とは断定できません。
しかし、「日常的な糖質摂取量が腸にも何らかの適応を起こしている可能性はあるのではないか」と考えるようになりました。
今回は、研究データをもとに、普段のお米でもガットトレーニングにつながる可能性があるのかを考えてみます。
ガットトレーニングとは何か
ガットトレーニングとは、簡単に言えば「腸を補給に慣らすトレーニング」です。
長時間のレースでは、筋肉だけでなく胃や腸にも大きな負担がかかります。
いくら脚が元気でも、補給したジェルを受け付けなくなったり、お腹を壊してしまったりすれば、本来の力を発揮することはできません。
そのため最近では、走る練習だけでなく「補給する練習」もトレーニングの一部として考えられるようになりました。
詳しくは、前回の記事で解説しています。
では、ガットトレーニングとは具体的に何が変化するのでしょうか。
腸は本当に鍛えられるのか
「腸を鍛える」と聞くと、筋トレのように腸そのものが大きくなるイメージを持つかもしれません。
しかし、実際に変化すると考えられているのは、糖質を運ぶ仕組みです。
小腸には、糖質を体内へ取り込むための「輸送体」と呼ばれるタンパク質があります。
| 輸送体 | 主に運ぶ糖質 |
|---|---|
| SGLT1 | ブドウ糖・ガラクトース |
| GLUT5 | 果糖(フルクトース) |
これらは、高速道路の料金所のような存在です。
糖質という車が身体へ入るためには、必ずこの料金所を通過しなければなりません。
もし料金所の処理能力が高くなれば、同じ時間でもより多くの糖質を身体へ送り込める可能性があります。
現在の研究では、この輸送体は食事内容や糖質摂取量に応じて適応する可能性があることが示されています。
研究① Coxら|高糖質食は腸を変化させるのか
何をしたのか
Coxらをはじめとする研究では、高糖質食を継続した場合に、小腸の糖質輸送体がどのように変化するかを調査しました。
動物実験やヒトを対象とした研究を通じて、糖質摂取量が腸の糖質吸収能力に及ぼす影響が検討されています。
何が分かったのか
糖質を十分に摂取する食事を継続すると、SGLT1などの糖質輸送体の発現量が増える可能性が示されました。
つまり、腸が糖質を多く扱う環境に少しずつ適応していく可能性があるということです。
もちろん、これは「いくらでも糖質を吸収できるようになる」という意味ではありません。
吸収能力には限界がありますが、日常的な食生活が腸の働きに影響を与える可能性は十分に考えられます。
記事との関連
この研究から考えると、ガットトレーニングはレース中のジェルだけではなく、普段から十分な糖質を摂ることも土台づくりになる可能性があります。
ただし、現時点では「お米だけを食べた場合」の直接的な研究は少なく、この部分は既存研究からの推測を含む考察であることは理解しておく必要があります。
研究② Jeukendrupら|糖質摂取は補給能力にも影響するのか
何をしたのか
Jeukendrupらは、持久系競技者を対象に、運動中の糖質摂取量や糖質の種類が吸収量やパフォーマンスへ与える影響を数多く研究しました。
さらに、糖質を継続的に摂取することで、身体がどのように適応するのかについてもレビューしています。
何が分かったのか
運動中に十分な糖質を継続して摂取することは、エネルギー供給だけでなく、補給に対する身体の適応にも関係する可能性が示されています。
また、近年では「補給もトレーニングの一部」と考えられるようになり、レース本番だけでなく普段の練習から糖質補給を行うことが推奨されています。
記事との関連
ガットトレーニングは、レース当日にだけ行うものではありません。
普段から糖質を十分に摂取し、長時間走では実際に補給を試すことで、身体は少しずつ補給に適応していく可能性があります。
研究③ Costaら|ガットトレーニングは何を目的としているのか
何をしたのか
Costaらは、持久系競技における胃腸トラブルとガットトレーニングについて、多くの研究をまとめたレビューを発表しました。
ガットトレーニングによって胃腸症状や糖質補給耐性がどのように変化するかを分析しています。
何が分かったのか
継続的に補給を練習することで、胃の不快感や腹痛、吐き気などの胃腸症状が軽減する可能性が示されました。
また、糖質を計画どおり摂取しやすくなることも報告されています。
ただし、個人差が大きく、すべてのランナーに同じ効果が現れるわけではありません。
記事との関連
ガットトレーニングの目的は、「たくさん食べられるようになること」ではありません。
必要な糖質を最後まで無理なく補給できる身体をつくることが、本来の目的です。
お米でもガットトレーニングになるのか
ここまでの研究を踏まえると、「お米でもガットトレーニングになるのか」という疑問に対しては、次のように整理できます。
| 分かっていること | 現時点で断定できないこと |
|---|---|
| 高糖質食によって腸が適応する可能性がある | お米だけでガットトレーニングが完成する |
| 糖質輸送体が増える可能性がある | お米だけでレース補給能力が大幅に向上する |
| 日常の糖質摂取は重要 | お米だけでジェル練習が不要になる |
お米に含まれるデンプンは、消化されると最終的にはブドウ糖になります。
つまり、お米もSGLT1を利用して吸収される糖質です。
そのため、普段から十分な量のお米を食べることは、小腸が糖質を処理する機会を増やすことにつながります。
一方で、レースでは走りながら短時間で大量の糖質を補給する必要があります。
この状況は、普段の食事とは大きく異なります。
そのため、日常的なお米の摂取は「土台づくり」として重要ですが、フルマラソンやウルトラマラソンでは、実際にジェルやスポーツドリンクを使った補給練習も必要になるでしょう。
お米とジェルは何が違うのか
| 食品 | 日常の食事 | レース中 |
|---|---|---|
| お米 | ★★★★★ | ★☆☆☆☆ |
| パン | ★★★★☆ | ★☆☆☆☆ |
| 麺類 | ★★★★☆ | ★★☆☆☆ |
| スポーツドリンク | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ |
| エネルギージェル | ★☆☆☆☆ | ★★★★★ |
普段の食事では、お米を中心に十分な糖質を摂ることが基本です。
一方で、レース中は消化の速さや携帯性が重要になるため、ジェルやスポーツドリンクが活躍します。
どちらか一方が優れているのではなく、それぞれ役割が異なると考えるのが適切です。
僕の場合を考えてみる
現在の僕は、体重88kg前後で週4〜6回のランニングを行っています。
以前は糖質摂取量が少なく、脚の重さや疲労感が気になることがありました。
しかし、お米を中心に糖質を増やしてからは、連日ランニングを行っても以前ほど疲労が残りにくくなったと感じています。
もちろん、これは睡眠やトレーニング内容、減量の進み具合なども関係しているため、「お米を増やしたから腸が鍛えられた」と断定することはできません。
それでも、研究結果と照らし合わせると、日常的な糖質摂取量を見直すことには十分な意味があると感じています。
そして将来的にウルトラマラソンへ挑戦する際には、お米による日常の糖質摂取に加え、ジェルやスポーツドリンクを使った補給練習も取り入れていきたいと考えています。
まとめ
ガットトレーニングというと、ジェルを飲む練習だけをイメージする人も多いかもしれません。
しかし現在の研究では、日常的な糖質摂取量も腸の適応に関係する可能性が示されています。
お米は日本人にとって身近で優れた糖質源です。
普段の食事で十分な糖質を摂ることは、筋グリコーゲンの回復だけでなく、ガットトレーニングの土台づくりにもつながる可能性があります。
一方で、レース中の補給は日常の食事とは条件が異なるため、ジェルやスポーツドリンクを使った補給練習も欠かせません。
普段の食事とレース補給は別々のものではなく、互いにつながっているものとして考えることが、長距離ランナーにとって大切なのではないでしょうか。
参考文献
- Cox GR, et al. Adaptations of intestinal carbohydrate transport in response to dietary carbohydrate.(関連研究)
- Jeukendrup AE. Carbohydrate intake during exercise and performance.
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