ウルトラマラソンの疲労はなぜ特殊なのか|100kmを超えると筋肉以外も限界を迎える
フルマラソンを走ったことがある人なら、レース後に脚が動かなくなった経験があるかもしれません。
筋肉痛で階段を降りるのが辛かったり、数日間疲労が抜けなかったりすることは珍しくありません。
しかし100kmや24時間走、さらには数日間に及ぶジャーニーランになると話は変わります。
そこでは、単純な筋肉疲労だけでは説明できない現象が次々と起こります。
脚は動くのに前へ進めない。
脚が痛いのはもちろんのこと。
眠くて真っ直ぐ歩けない。
補給が入らない。
存在しない人影が見える。
普段なら考えられないような判断ミスを繰り返す。
これらは決して精神力不足ではありません。
ウルトラマラソンでは筋肉だけではなく、脳や内臓、神経系、ホルモン系まで含めた全身が疲労していくのです。
今回は、ウルトラマラソン特有の疲労について、生理学的な視点から解説します。
ウルトラマラソンは疲労の総合格闘技
フルマラソンまでは、主に次のような能力の勝負です。
- 心肺機能
- 筋力
- エネルギー供給能力
もちろんメンタルも重要ですが、競技時間が数時間であるため、身体的な能力の影響が大きくなります。
一方、100kmや24時間走になると話は変わります。
筋肉だけではなく、次のような要素も競技結果に大きく影響します。
- 睡眠
- 消化器
- 認知機能
- 体温調節
- ホルモン
- 免疫機能
つまりウルトラマラソンとは、身体中のあらゆるシステムを長時間使い続ける競技なのです。
筋肉疲労は最初に訪れる
最も分かりやすい疲労が筋肉疲労です。
長時間にわたる着地衝撃は、筋線維に少しずつダメージを蓄積させます。
特にウルトラマラソンでは、数万回から十数万回にも及ぶ着地を繰り返します。
その結果、次のような症状が現れます。
- 太ももの痛み
- ふくらはぎの張り
- 股関節周辺の疲労
- 階段が降りられない
下り坂が多いコースでは、さらに顕著になります。
しかし実際には、ウルトラマラソンでリタイアを招く原因は筋肉疲労だけではありません。
グリコーゲン枯渇との戦い
人体に貯蔵できるグリコーゲンには限界があります。
一般的には、肝臓と筋肉を合わせても2000kcal前後とされています。
しかし100kmマラソンでは、消費エネルギーが5000〜10000kcalを超えることもあります。
つまり、体内に蓄えたエネルギーだけでは到底足りません。
そこで補給が必要になります。
補給が不足すると、次のような症状が発生します。
- ペース低下
- 強い空腹感
- 寒気
- 集中力低下
- 強烈な眠気
いわゆるハンガーノックです。
フルマラソンではゴールまで我慢できても、ウルトラでは補給戦略そのものが競技能力になります。
内臓疲労という見えない敵
ウルトラランナーがよく口にする言葉があります。
脚は残っているのに食べられない。
これは内臓疲労です。
長時間運動では、血液が筋肉へ優先的に送られます。
その結果、胃腸への血流が減少します。
すると消化能力が低下し、次のような症状が起こります。
- 吐き気
- 胃もたれ
- 下痢
- 食欲不振
補給しなければエネルギー不足になります。
しかし、補給しようとしても胃が受け付けない。
この悪循環が、ウルトラマラソンの大きな難しさです。
脳疲労は想像以上に大きい
ウルトラマラソンでは、身体だけでなく脳も働き続けています。
例えば、次のような判断を長時間続ける必要があります。
- ペース管理
- 補給計画
- コース確認
- 路面状況の判断
- 信号や交通への注意
何時間も情報処理を続けることで、脳は疲労していきます。
その結果、次のような状態になります。
- 判断が遅くなる
- 注意力が低下する
- ミスが増える
- 物事を考えたくなくなる
脚より先に脳が疲れてしまうことも珍しくありません。
睡眠不足による認知機能の低下
24時間走やジャーニーランでは、睡眠不足が避けられません。
睡眠不足は、単なる眠気ではありません。
脳の機能そのものを低下させます。
具体的には、次のような影響が出ます。
- 判断力低下
- 記憶力低下
- 反応速度低下
- 感情の不安定化
研究によっては、24時間以上の睡眠不足が、飲酒運転に近いレベルまで認知機能を低下させることも示されています。
そのため長時間レースでは、脚よりも先に脳が限界を迎えることがあります。
幻覚はなぜ起こるのか
超長時間レースでよく語られるのが幻覚です。
もちろん全員が経験するわけではありません。
しかし100マイルレースや数日間のレースでは、珍しくない現象です。
見えるものとしては、次のようなものが多いとされています。
- 人影
- 動物
- 建物
- 標識
これは精神異常ではありません。
睡眠不足と脳疲労によって、脳の情報処理が乱れた結果です。
疲労した脳は、不完全な情報を勝手に補完しようとします。
そのため、木の枝が人に見えたり、岩が動物に見えたりするのです。
全身炎症が回復を遅らせる
100km以上のレース後には、全身で炎症反応が起こります。
筋肉の損傷だけでなく、次のような反応が同時に進むためです。
- 免疫反応
- 組織修復
- ストレス反応
症状としては、次のようなものがあります。
- 発熱感
- 倦怠感
- むくみ
- 安静時心拍数上昇
風邪をひいたような状態になる選手もいます。
レース後に何日も疲労感が続く理由の一つです。
ホルモンも疲弊している
長時間運動は、身体にとって大きなストレスです。
そのため、ストレスホルモンであるコルチゾールが増加します。
一方で、次のようなホルモンのバランスも変化します。
- テストステロン
- 成長ホルモン
この状態が続くと、次のような問題につながることがあります。
- 回復遅延
- 睡眠の質低下
- やる気低下
ウルトラマラソン後に数週間調子が戻らないことがあるのは、このようなホルモン変化も関係しています。
ウルトラマラソンで最も怖い疲労
実は、最も怖いのは筋肉疲労ではありません。
最も危険なのは、認知機能の低下です。
筋肉は多少疲れていても動きます。
しかし判断力が低下すると、次のようなトラブルにつながります。
- コースアウト
- 交通事故
- 転倒
- 補給ミス
特に夜間走行では、重大な事故につながる可能性もあります。
だからこそ経験豊富なウルトラランナーほど、自分の眠気や判断力の低下を警戒しています。
フルマラソンとウルトラマラソンの違い
フルマラソンまでは、「脚との戦い」と表現できます。
しかしウルトラマラソンになると、事情が変わります。
そこでは、次のような全身の要素が関係します。
- 筋肉
- 内臓
- 脳
- 睡眠
- 炎症
- ホルモン
走力だけでは解決できない問題が、次々と現れるのです。
| 比較項目 | フルマラソン | ウルトラマラソン |
|---|---|---|
| 主な疲労 | 筋肉疲労・エネルギー枯渇 | 筋肉疲労・内臓疲労・脳疲労・睡眠不足 |
| 競技時間 | 数時間 | 半日〜数日 |
| 補給 | 不足してもゴールまで粘れる場合がある | 補給できないと継続が難しい |
| リスク | 脚の失速 | 判断力低下・胃腸トラブル・眠気 |
| 勝負のポイント | ペース配分と脚作り | 全身管理とトラブル対応 |
まとめ
ウルトラマラソンの疲労は、筋肉疲労だけではありません。
そこには、次のような疲労が複雑に絡み合っています。
- 筋肉疲労
- グリコーゲン枯渇
- 内臓疲労
- 脳疲労
- 睡眠不足
- 認知機能低下
- 全身炎症
- ホルモン変化
フルマラソンが脚との戦いだとすれば、ウルトラマラソンは全身との戦いです。
そして100kmを超え、24時間を超える世界では、最後に勝負を決めるのは脚ではなく脳であることも少なくありません。
だからこそウルトラマラソンは単なる長距離走ではなく、人間の限界に挑む競技として多くのランナーを魅了し続けているのです。
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