はじめに
ランニングをしていると、「今日は脚が重いな」と思う日があります。
走る前は気分も乗らず、「今日は休もうかな」と思うこともあります。
ところが不思議なことに、走り始めて10分ほどすると身体が軽くなり、そのまま普通に走れてしまうことがあります。
これは単なる気合いや根性の問題ではありません。
実際には身体の中でさまざまな生理学的変化が起きています。
今回は、なぜ走り始めると身体が軽く感じるのかを解説します。
ウォームアップとは何をしているのか
ウォームアップというと、
「ケガ予防」というイメージを持つ人が多いかもしれません。
もちろんそれも重要です。
しかし本質的には、
運動に適した状態へ身体を移行させる作業
と言えます。
身体は安静状態のままでは効率よく走ることができません。
ウォームアップによって、
- 筋肉
- 心肺機能
- 神経系
- 血流
を運動モードへ切り替えていきます。
ランニングを例にすると、最初の10分程度は身体が本格的な運動に適応するための準備時間とも言えます。
筋温が上がると身体は動きやすくなる
走り始めて最初に起きる変化の一つが筋温の上昇です。
筋肉は温度が上がることで、
- 収縮速度の向上
- 柔軟性の向上
- 力発揮能力の向上
が起きます。
冷蔵庫から出したばかりの輪ゴムと、温めた輪ゴムを想像するとわかりやすいでしょう。
冷えている状態では硬く動きにくいですが、温まるとよく伸びるようになります。
筋肉も似たような性質を持っています。
研究でも筋温の上昇は運動パフォーマンス向上と関連することが報告されています。
冬場に走り始めが特につらく感じるのも、筋温が十分に上がっていないことが大きな理由の一つです。
血流が増えて酸素が届きやすくなる
運動を始めると心拍数が上昇します。
すると筋肉へ送られる血液量も増加します。
血液は単なる水ではありません。
血液には、
- 酸素
- 糖質
- 脂肪酸
- 各種栄養素
が含まれています。
つまり血流が増えるということは、
筋肉への燃料供給能力が上がる
ということです。
走り始めの苦しさが軽減していく理由の一つでもあります。
また、血流が増えることで筋肉のこわばりが解消しやすくなり、脚の重さが軽減されることもあります。
酸素供給にはタイムラグがある
実は身体は運動を始めた瞬間に、必要な酸素をすべて供給できるわけではありません。
これを運動生理学では酸素摂取動態(VO₂ kinetics)と呼びます。
VO₂とは酸素摂取量のことで、VO₂ kineticsは運動開始後に酸素摂取量がどのような速度で増加していくかを表す概念です。
例えば、椅子に座っている状態から突然走り始めたとします。
脚の筋肉はすぐに大量のエネルギーを必要としますが、心臓や肺はまだ安静状態です。
そのため運動開始直後は、筋肉が必要としている酸素量と、実際に供給される酸素量との間にギャップが生じます。
言い換えると、筋肉はすでに走る準備ができているのに、心臓や肺がまだ追いついていない状態です。
これを酸素不足(Oxygen Deficit)と呼びます。
この状態では、身体は不足しているエネルギーを補うために、主に筋肉内に蓄えられたATPやクレアチンリン酸、そして無酸素的な解糖系を利用してエネルギーを作り出します。
そのため、まだペースが速くないにもかかわらず、
- 息が苦しい
- 脚が重い
- 身体が思うように動かない
- ペース以上にきつく感じる
といった感覚が現れることがあります。
しかし運動を継続すると、呼吸が深くなり、心拍数が上昇し、筋肉への血流も増加していきます。
そして数分後には酸素供給が運動強度に追いつき、有酸素代謝が主体となって効率よくエネルギーを作り出せるようになります。
これが、走り始めの5〜10分は苦しいのに、その後は同じペースでも楽に感じられる理由の一つです。
特に低強度ランニングでは、この酸素供給システムが安定すると脂肪を利用した有酸素代謝の割合も増え、身体はより長時間運動を続けやすくなります。
つまり、走り始めの脚の重さや息苦しさの一部は疲労ではなく、身体の酸素供給システムがまだ立ち上がっていないことによって生じているのです。
神経系もウォームアップしている
意外と見落とされやすいのが神経系です。
筋肉を動かしているのは脳と神経です。
走り始めは神経伝達効率も十分ではありません。
しかし動きを繰り返すことで、
- 運動単位の動員
- 神経伝達速度
- 協調運動
が改善します。
その結果、
身体が思った通りに動くようになる
のです。
トップアスリートが競技前にウォームアップを長く行うのも、この神経系の準備が大きな理由です。
脳のブレーキが緩む
前回の記事で紹介した中枢統制モデル(Central Governor Theory)では、脳は身体を守るために安全側へ判断すると考えられています。
走り始めは、
- 今日は疲れているかもしれない
- エネルギー不足かもしれない
- 身体に問題があるかもしれない
と脳が慎重に判断します。
その結果、
「走りたくない」
「脚が重い」
という感覚が出ることがあります。
しかし実際に身体を動かしてみると、
- 問題なく動ける
- 心拍数も安定している
- 筋肉も正常に動く
ことが確認できます。
ウォームアップによって身体が温まり、循環器系や筋肉に異常がないことを脳が確認すると、警戒レベルは少しずつ下がっていきます。
すると脳は「まだ余裕がある」と判断し、防御のためにかけていたブレーキを緩めます。
その結果として、
急に身体が軽くなったように感じる
のです。
実際には脚が急激に強くなったわけではありません。
身体の状態を脳が再評価した結果として、運動しやすくなったと考える方が自然です。
それでも軽くならない日はある
もちろん毎回そうなるわけではありません。
本当に疲労している日は、
- 走っても重い
- むしろ悪化する
- 心拍数が異常に高い
ということもあります。
これは、
- 睡眠不足
- エネルギー不足
- 疲労蓄積
- 体調不良
などが原因かもしれません。
こういう日は脳の警告が正しい可能性があります。
無理に押し切るのではなく、休養を選択することも大切です。
だから10分だけ走ってみる価値がある
僕は以前から、
迷ったら10分だけ走る
という考え方をしています。
なぜなら走る前の感覚だけでは、本当に疲れているのか判断できないからです。
10分ほど動けば、
- 身体が軽くなる
- 変わらない
- 悪化する
のどれかになります。
身体は意外と正直です。
走るか休むかを決める前に、まずは身体に聞いてみるのも一つの方法だと思います。
まとめ
走り始めると脚が軽くなるのは気合いの問題ではありません。
身体の中では、
- 筋温上昇
- 血流増加
- 酸素供給の安定
- 神経系の活性化
- 脳の警戒解除
といった変化が起きています。
だからこそ、走る前は重かったのに10分後には普通に走れてしまうことがあります。
もちろん本当に疲労している日もあります。
しかし「今日は無理そう」と感じた日でも、まずは少しだけ身体を動かしてみる価値はあります。
その10分が、休むべき日なのか、それとも普通に走れる日なのかを教えてくれるかもしれません。
つまり、走り始めの脚の重さは必ずしも疲労を意味しているわけではありません。
身体が運動モードへ移行する途中で生じる一時的な現象であることも少なくないのです。
参考文献
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Noakes TD. Fatigue is a Brain-Derived Emotion that Regulates Exercise Behavior. Frontiers in Physiology. 2012.
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McGowan CJ, Pyne DB, Thompson KG, Rattray B. Warm-Up Strategies for Sport and Exercise. Sports Medicine. 2015.







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