なぜ100kmや200km超を走れるのか?ウルトラランナーの身体の生理学とは

ランニング

はじめに

100kmや200kmという距離を聞いて、多くの人はこう思うのではないでしょうか。

「42.195kmのフルマラソンでも大変なのに、なぜその何倍もの距離を走れるのか?」
「特別な才能がある人だから?」
「精神力や根性が普通の人とは違うのでは?」

確かにウルトラマラソンやジャーニーランを走る選手たちは、常人離れして見えます。しかし、生理学的な視点から見ると、彼らは超人になったわけではありません。

もちろん超人的だなとは思いますけど。

長年のトレーニングによって身体が少しずつ適応し、「長時間動き続けるための身体」に変化しているのです。

本記事では、ウルトラランナーが100kmや200kmを走れる理由を、生理学・運動科学の視点から詳しく解説していきます。

人間はもともと長距離向きの動物だった

まず前提として、人間の身体は意外にも持久運動に向いています。

ライオンやチーターのような動物は瞬間的なスピードに優れています。しかし長時間走り続ける能力では、人間も決して劣っていません。

その理由として挙げられるのが以下の特徴です。

  • 二足歩行による省エネ移動
  • 発達した発汗能力
  • 長いアキレス腱による反発利用
  • 優れた体温調節能力
  • 長時間歩行や走行に適した骨格

実際、人類学では「持久狩猟(Persistence Hunting)」という仮説があります。

これは獲物を全力で追いかけるのではなく、何時間も追跡し続けて、体温上昇や疲労で弱ったところを仕留める狩猟法です。

人類進化学では「持久狩猟(Persistence Hunting)」という仮説があります。

これは獲物を全力で追いかけるのではなく、長時間追跡し続けて体温上昇や疲労によって弱ったところを仕留める狩猟法です。

南部アフリカのサン族や、メキシコ北部のララムリ族などで類似した事例が報告されており、人間の優れた持久力との関連が研究されています。

ララムリ族はランナーの間ではタラウマラ族としてBONE TO RUNを介して有名ですね。フォアフット着地やベアフットランなど影響を広めました。

ただし、持久狩猟が人類進化にどの程度重要だったかについては現在も研究が続いており、すべての人類集団で一般的だったと断定できるわけではありません。

もちろん現代のウルトラランナーは狩りをしているわけではありません。しかし、人間の身体にはもともと長時間移動するための基盤が備わっているのです。

エネルギー源は糖質だけではない

一般的なランナーが長距離で失速する大きな原因は、エネルギー不足です。

しかしここで重要なのは、身体には二つの大きな燃料タンクが存在することです。

糖質タンク

体内に貯蔵されるグリコーゲンは限られています。

  • 筋グリコーゲン:約1500〜2500kcal
  • 肝グリコーゲン:約300〜500kcal

合計しても2000〜3000kcal程度です。

フルマラソンでは何とか足りる場合もありますが、100km以上となると到底足りません。

フルマラソンでは、体重70kgのランナーが42.195kmを走ると、単純計算で約2,950kcal前後を消費します。

一方で100kmでは約7,000kcal、200kmでは約14,000kcalにもなります。

体内に貯蔵できる糖質由来のエネルギーが約2,000〜3,000kcal程度だと考えると、フルマラソンでは何とか足りる場合もありますが、100km以上では糖質だけでは到底足りません。

もちろん実際にはレース中にジェルやスポーツドリンク、固形食などでエネルギーを補給します。しかし、人間が1時間あたりに吸収できる糖質量には限界があります。

一般的には1時間あたり60〜90g、多種類の糖質を組み合わせた場合でも90〜120g程度が上限とされており、カロリーに換算すると約240〜480kcal程度です。

一方でウルトラマラソンでは、走行中の消費カロリーが1時間あたり500〜800kcalを超えることも珍しくありません。

つまり補給だけでは消費エネルギーを完全には賄えず、不足分を体内に蓄えられた脂肪から補う必要があります。

ウルトラランナーが長距離を走れる理由の一つは、この脂肪を効率よくエネルギーとして利用する能力が高いからなのです。

ランニングの消費カロリーは、ざっくり「体重kg × 距離km」で推定できます。

実際の消費カロリーは、走る速度やランニングエコノミー(走行効率)、体重、気温、風、路面状況、獲得標高などによって変化します。そのためここで示した数値はあくまで概算ですが、長距離走では「体重1kg×距離1km≒1kcal」という計算が広く利用されており、エネルギー需要の大きさを理解するには十分な目安になります。

脂肪タンク

一方で脂肪は非常に大量に存在します。

例えば体脂肪10kgなら、約77,000kcalものエネルギーを蓄えている計算になります。

脂肪1kgあたり約7,700kcalです。

つまり理論上は、数日間動き続けるだけのエネルギーを持っていることになります。

問題は脂肪の利用速度です。

脂肪は大量に存在しますが、糖質ほど素早くエネルギー化できません。

ウルトラランナーは脂肪を使う能力が高い

ここで重要になるのが脂質代謝能力です。

一般的な人は、運動強度が上がると糖質依存が強くなります。

しかしウルトラランナーは違います。

長年の有酸素トレーニングによって、次のような適応が起こります。

  • 脂肪動員能力の向上
  • 脂肪酸輸送能力の向上
  • 脂肪酸酸化能力の向上

その結果、同じペースでも糖質消費を抑えながら走れるようになります。

脂肪を使える強度そのものが高くなっている

ウルトラランナーは単純に脂肪を使えるだけではありません。

より高い運動強度でも脂肪を主要なエネルギー源として利用できるようになっています。

一般的に運動強度が上がるほどエネルギー供給は糖質依存へ傾きます。

しかし長期間の持久系トレーニングによって、脂肪酸を筋肉へ運搬する能力や、ミトコンドリア内で脂肪を燃焼する能力が向上すると、より高い強度でも脂肪を利用できるようになります。

例えば初心者が時速8kmで走った場合に糖質への依存度が高くなるとしても、十分に鍛えられたウルトラランナーでは同じ速度が脂質代謝主体の強度に収まることがあります。

これはFATmaxや有酸素性作業閾値(AeT)が高い速度や高い心拍数側へ移動している状態とも言えます。

結果としてウルトラランナーは、一般的なランナーよりも速いペースで走りながら糖質の消費を抑え、体脂肪を効率よく利用できるのです。

これは車に例えるなら、普通の車がガソリンを大量消費するのに対し、ハイブリッドカーが少ない燃料で長距離を走るようなものです。

100kmや200kmのレースでは、この燃費性能の差が非常に大きな意味を持ちます。

ミトコンドリアが大量に増えている

ウルトラランナーの身体で最も重要な変化の一つがミトコンドリアです。

ミトコンドリアは細胞内に存在するエネルギー工場です。

運動によって、次のような変化が起こります。

  • ミトコンドリア密度の増加
  • ミトコンドリア容量の増加
  • 酸化酵素活性の向上

特に低強度〜中強度の長時間トレーニングは、この適応を強く促します。

同じ速度でも疲れ方が違う

例えば初心者の場合、時速8kmで走るだけでも心拍数が150bpm近くまで上がることがあります。

しかし、数年のトレーニングによって同じ時速8kmでも心拍数120bpm程度で走れるようになることがあります。

速度は同じでも、身体への負担が大幅に減少しているのです。

これが持久力向上の本質の一つです。

毛細血管が増えている

酸素や栄養を筋肉へ運ぶ道路のような役割を持つのが毛細血管です。

有酸素トレーニングを続けると、筋肉内の毛細血管密度が増加します。

これによって、次のようなメリットが生まれます。

  • 酸素供給能力の向上
  • 老廃物除去能力の向上
  • 脂肪利用効率の向上

結果として、長時間運動でも筋肉が機能し続けられるようになります。

心臓そのものも強くなっている

持久系アスリートの心臓には特徴があります。

一回の拍動で送り出せる血液量、つまり一回拍出量が増加しているのです。

例えば一般的な人が1回の拍動で約70mLの血液を送り出すとすれば、持久系選手では100mL以上になることもあります。

そのため、同じ酸素供給量を確保する場合でも、心拍数をそれほど上げずに済みます。

ウルトラランナーの安静時心拍数が40〜50bpm台になることが多いのも、この適応によるものです。

乳酸を処理する能力が高い

乳酸はかつて疲労物質と考えられていました。

しかし現在では、重要なエネルギー源であることが分かっています。

運動中に発生した乳酸は、次のような組織で再利用されます。

  • 心臓
  • 遅筋線維
  • 他の筋肉

ウルトラランナーは乳酸を処理する能力が高いため、乳酸をただ溜め込むのではなく、燃料として再利用する能力が優れていると言えます。

この乳酸の産生と処理のバランスは、LTや有酸素性作業閾値とも深く関係します。

ランニングフォームが省エネ化している

長距離では燃費が重要です。

トップウルトラランナーのフォームを見ると、派手な動きはほとんどありません。

なぜなら、無駄な動作はすべてエネルギーロスになるからです。

長年の反復によって、次のような要素が洗練されていきます。

  • 接地効率
  • 姿勢維持能力
  • 腱の反発利用
  • 上半身の力みの軽減

この差は100kmを超えると非常に大きくなります。

数%のエネルギーロスでも、100km、200kmという距離では大きな失速要因になるからです。

実は脳も適応している

100kmや200kmのレースでは、筋肉だけの勝負ではありません。

脳の働きも重要になります。

長時間運動では、次のような変化が起こります。

  • 集中力の低下
  • 判断力の低下
  • 眠気
  • モチベーションの低下
  • 痛みや不快感への感受性の変化

特に200km以上のレースでは、睡眠不足が加わるため、認知機能はさらに低下します。

それでも走り続けられる選手は、身体だけでなく脳も長時間運動に適応しているのです。

これは単なる根性ではありません。

長時間動き続ける経験を重ねることで、苦痛や疲労の波を予測し、ペースや補給を調整し、危険な状態になる前に対処する能力が高まっていきます。

200kmを超えると「走力」だけではなくなる

100kmレースまでは、比較的純粋な持久力勝負の要素が大きくなります。

しかし200km以上になると、事情が変わります。

重要になるのは、単純な走力だけではありません。

  • 補給戦略
  • 胃腸機能
  • 水分管理
  • 電解質管理
  • 睡眠管理
  • メンタル管理
  • トラブル対応能力

実際には脚が速い選手よりも、最後まで大きく崩れない選手が上位に入ることも少なくありません。

胃腸が止まる、眠気で判断力が落ちる、補給ができなくなる、足裏が壊れる。

こうした問題をいかに小さく抑えるかが、超長距離では非常に重要になります。

ウルトラランナーは「速い人」ではなく「遅くならない人」

多くの人は、ウルトラマラソンを「速く走る競技」と考えがちです。

しかし実際には、ウルトラマラソンは減速しない能力の競技です。

どれだけ速く走れるかではなく、どれだけ長時間パフォーマンスを維持できるか。

そのためには、次のような多くの要素が必要になります。

  • 脂肪代謝
  • ミトコンドリア
  • 毛細血管
  • 心肺機能
  • ランニングエコノミー
  • 補給能力
  • 胃腸の耐久性
  • 脳の耐久性

つまり、ウルトラランナーの強さは一つの能力で決まるわけではありません。

身体のあらゆるシステムが、長時間動き続ける方向へ少しずつ適応しているのです。

まとめ

100kmや200kmを走るウルトラランナーは、決して生まれつきの超人というわけではありません。

長年のトレーニングによって、次のような能力が少しずつ向上しています。

  • 脂肪を使う能力
  • ミトコンドリアの量
  • 毛細血管密度
  • 心臓機能
  • ランニングエコノミー
  • 補給・水分管理能力
  • 胃腸の耐久性
  • 脳の耐久性

ウルトラランナーが走っているのは、根性だけではありません。

その背景には、生理学的な適応の積み重ねがあります。

100kmや200kmを走れる身体とは、特別な才能だけで決まるものではなく、適切なトレーニングを継続した結果として作られていく身体なのです。

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