はじめに
ランニングやダイエットの話題では、「脂肪燃焼ゾーン」「脂肪が一番燃える心拍数」という言葉をよく見かけます。
しかし実際には、「どの強度で最も多く脂肪を使えるのか」は人によって異なります。
そこで重要になるのが、FATmax(ファットマックス)という概念です。
FATmaxとは、運動中の脂肪酸化量が最大になる運動強度を意味します。
単に「楽な運動」や「低強度運動」という意味ではなく、身体が最も効率よく脂肪をエネルギーとして利用しているポイントです。
FATmaxとは何か
FATmaxは、Maximum Fat Oxidation(最大脂肪酸化量)に関連する概念です。
運動強度を徐々に上げていくと、脂肪利用量は一直線に増え続けるわけではありません。
一般的には、次のようなカーブを描きます。

- 低強度では脂肪利用量はまだ少ない
- 中程度の強度で脂肪酸化量が最大化する
- 高強度になると糖質利用が増え、脂肪利用量は低下する
この脂肪酸化量が最も高くなる運動強度が、FATmaxです。
つまりFATmaxとは、「脂肪を割合として多く使う強度」ではなく、「脂肪を量として最も多く使う強度」と考えると分かりやすいです。
脂肪燃焼率と脂肪燃焼量は違う
FATmaxを理解するうえで重要なのが、脂肪燃焼率と脂肪燃焼量の違いです。
低強度運動では、使われるエネルギーの割合としては脂肪が多くなりやすいです。
しかし、運動そのもののエネルギー消費量が少ないため、1分あたりに使われる脂肪の量は必ずしも最大にはなりません。
一方、高強度運動では総エネルギー消費量は大きくなりますが、身体は素早くATPを作れる糖質に依存しやすくなります。
そのため脂肪利用量は、低すぎても高すぎても最大にはなりません。
この中間に存在する「脂肪酸化量のピーク」がFATmaxです。
なぜ高強度では脂肪が使われにくくなるのか
運動強度が高くなると、身体は短時間で大量のエネルギーを作る必要があります。
脂肪をエネルギーとして使うには、脂肪分解、血中輸送、ミトコンドリアへの取り込み、β酸化など、複数の工程が必要です。
一方、糖質は脂肪よりも素早くATPを産生できます。
というのも、運動のために筋肉を収縮されるのにATPという物質が必要不可欠です。
ただ、このATPを生み出すための工程が糖質と脂質では異なります。
脂質に比べて糖質の方がATPを生み出す速度が圧倒的に速いのです。
そのため運動強度が高くなるほど、身体は脂肪よりも糖質を優先して利用するようになります。
さらに高強度運動では、乳酸の増加、pHの低下、脂肪酸輸送の制限などが起こり、脂肪酸化が抑制されると考えられています。
つまり高強度で脂肪が使われにくくなるのは、「脂肪が不要だから」ではなく、エネルギー供給速度の面で糖質のほうが有利になるからです。
FATmaxはどのくらいの強度なのか
研究では、FATmaxは多くの場合、VO₂maxの約45〜65%付近に現れるとされています。
ランナーの感覚に置き換えると、概ね次のような強度です。
- 会話が可能な楽〜やや楽なペース
- 息は上がるが、追い込むほどではない
- 最大心拍数の60〜75%前後
- Zone2付近に近いことが多い
ただし、FATmaxには大きな個人差があります。
同じ心拍数140bpmでも、初心者とトレーニング経験のあるランナーでは、脂肪利用能力や糖質依存度が異なります。
そのため、FATmaxを単純に「心拍数○○」と固定して考えるのは正確ではありません。
持久系アスリートがFATmaxを重視する理由
マラソンやウルトラマラソンでは、糖質の貯蔵量には限りがあります。
体内に蓄えられるグリコーゲンは有限であり、長時間運動では枯渇や低下がパフォーマンス低下につながります。
一方、体脂肪は非常に大きなエネルギー貯蔵庫です。
脂肪を効率よく使えるランナーは、同じペースでも糖質の消費を抑えやすくなります。
その結果、次のようなメリットが期待できます。
- グリコーゲンの節約
- 長時間運動での失速リスク低下
- 補給への依存度の軽減
- ウルトラマラソンやジャーニーランでの持続力向上
特に100km以上のウルトラマラソンや数日間に及ぶジャーニーランでは、脂肪をどれだけ使えるかは重要な能力の一つです。
FATmaxトレーニングで起きる適応
低〜中強度の有酸素運動を継続すると、身体にはさまざまな適応が起こります。
- ミトコンドリア機能の向上
- 毛細血管密度の増加
- 脂肪酸輸送能力の向上
- β酸化に関わる酵素活性の向上
- 糖質と脂質を使い分ける代謝柔軟性の改善
これらの適応によって、同じ運動強度でもより多くの脂肪を利用できるようになります。
つまりFATmaxを意識したトレーニングは、単に「その場で脂肪を燃やす」だけではありません。
脂肪をエネルギーとして使いやすい身体を作るという意味があります。
FATmaxはダイエットに最強なのか
FATmaxは脂肪酸化量が最大になる強度ですが、これだけで「最も痩せる運動」とは言い切れません。
体脂肪の減少は、最終的には長期的なエネルギー収支によって決まります。
つまり、FATmaxで運動していても、食事量が消費量を上回れば体脂肪は減りにくくなります。
一方で、FATmax付近の運動は比較的継続しやすく、疲労も管理しやすいため、総運動量を積み上げやすいという利点があります。
ダイエット目的で考えるなら、FATmaxは「魔法の脂肪燃焼ゾーン」ではなく、継続しやすく、脂質代謝を鍛えやすい実用的な強度と捉えるのが現実的です。
FATmaxとZone2の違い
近年よく使われるZone2トレーニングとFATmaxは、かなり近い領域にあります。
ただし、両者は完全に同じ意味ではありません。
| 項目 | FATmax | Zone2 |
|---|---|---|
| 基準 | 脂肪酸化量が最大になる強度 | 心拍数・乳酸値・主観的強度などで設定されるゾーン |
| 目的 | 脂質代謝能力の把握・向上 | 有酸素基礎能力の向上 |
| 測定 | 呼気ガス分析などが必要 | 心拍計や主観的強度でも設定しやすい |
| 関係性 | Zone2付近に現れることが多い | FATmaxと重なることが多いが完全一致ではない |
Zone2は実践上使いやすいトレーニングゾーンであり、FATmaxはより代謝的な測定概念です。
そのため、実践ではZone2を目安にしつつ、FATmaxは「なぜその強度が重要なのか」を説明する生理学的な根拠として使うと分かりやすいです。
初心者と上級者でFATmaxは違うのか
FATmaxはトレーニング状態によって変化します。
持久系トレーニングを積んだランナーは、より高い運動強度でも脂肪を利用しやすくなります。
これは、ミトコンドリア機能や毛細血管、脂肪酸輸送能力などが発達しているためです。
初心者では比較的低い強度で糖質依存が高まりやすい一方、鍛えられたランナーではより速いペースでも脂肪を使える可能性があります。
この違いは、マラソン後半やウルトラマラソンで大きな差になります。
実践ではどう使えばいいか
一般のランナーがFATmaxを厳密に測定するには、呼気ガス分析が必要です。
そのため日常のトレーニングでは、次のような目安で考えると実践しやすくなります。
- 会話できる程度のペース
- 翌日に強い疲労を残さない強度
- 心拍数が上がりすぎない範囲
- 長時間続けられるジョグ〜低中強度走
特に再始動期や減量期では、無理に高強度を増やすよりも、FATmax付近に近い低〜中強度を積み上げる方が継続しやすい場合があります。
ただし、マラソンの競技力を高めるには、FATmax付近の運動だけでなく、閾値走、インターバル、筋力トレーニング、レースペース走なども必要になります。
FATmaxは重要な土台ですが、それだけで全てが完成するわけではありません。
まとめ
FATmaxとは、運動中に脂肪酸化量が最大になる運動強度のことです。
- 脂肪を割合ではなく量として最も多く使う強度
- 多くはVO₂maxの45〜65%付近に現れる
- 最大心拍数の60〜75%前後、Zone2付近と重なることが多い
- 持久系競技ではグリコーゲン節約に関係する
- ダイエットでは魔法の強度ではなく、継続しやすい有酸素運動として有効
FATmaxを理解すると、「脂肪燃焼ゾーン」という言葉をより正確に捉えられるようになります。
そしてランナーにとっては、単なるダイエット理論ではなく、長く走り続けるための代謝能力を考える重要な指標になります。
参考文献
- Achten J, Jeukendrup AE. Determination of the exercise intensity that elicits maximal fat oxidation. European Journal of Applied Physiology. 2002.
- Achten J, Jeukendrup AE. Maximal fat oxidation during exercise in trained men. International Journal of Sports Medicine. 2003.
- Maunder E, Plews DJ, Kilding AE. Contextualising Maximal Fat Oxidation During Exercise: Determinants and Normative Values. Frontiers in Physiology. 2018.
- Amaro-Gahete FJ, Sanchez-Delgado G, Alcantara JMA, et al. Assessment and Interpretation of Maximal Fat Oxidation During Exercise. Frontiers in Physiology. 2019.
- Yin M, et al. Effects of endurance training intensity on maximal fat oxidation. Journal of Exercise Science & Fitness. 2023.


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