はじめに
マラソンやウルトラマラソンの補給について調べていると、「糖質は1時間あたり60gまでしか吸収できない」という話を目にすることがあります。
一方で、トップランナーは90g、あるいは100g以上の糖質を補給しているという話もあります。
どちらが正しいのでしょうか。
実は、この違いには「糖質の種類」と「腸の吸収能力」が関係しています。
近年では、腸もトレーニングによって適応すると考えられるようになり、「ガットトレーニング(Gut Training)」という考え方が広まっています。
今回は、ランナーは1時間にどれくらい糖質を吸収できるのか、その仕組みと補給戦略について研究データをもとに解説します。
糖質はどこで吸収されるのか
まずは、食べた糖質が身体の中でどのような経路をたどるのかを見てみましょう。
| 段階 | 身体で起きていること |
|---|---|
| ① 食事 | お米・パン・ジェルなどから糖質を摂取する |
| ② 胃 | 胃で一時的に貯留され、小腸へ送られる |
| ③ 小腸 | 糖質が吸収され、血液へ入る |
| ④ 血液 | 全身へブドウ糖が運ばれる |
| ⑤ 筋肉 | エネルギーとして利用、または筋グリコーゲンとして蓄えられる |
多くの人は胃で吸収されるイメージを持っていますが、実際に糖質のほとんどが吸収される場所は小腸です。
つまり、糖質をどれだけ吸収できるかは、小腸の働きが大きく関係しています。
なぜ「1時間60gまで」と言われるのか
糖質の中でも代表的なブドウ糖は、小腸にある「SGLT1」という輸送体を通って吸収されます。
輸送体とは、ブドウ糖専用の入口のようなものです。
イメージとしては、高速道路の料金所を想像すると分かりやすいでしょう。
料金所が1つしかなければ、車が一気に押し寄せても順番にしか通過できません。
ブドウ糖も同じで、SGLT1という入口を通る必要があるため、一度に吸収できる量には限界があります。
このことから、長年「ブドウ糖だけなら1時間あたり約60gが吸収の目安」と考えられてきました。
研究① Jeukendrupら|60g/hという数字はどこから来たのか
何をしたのか
Jeukendrupらは、持久系競技者を対象に、運動中の糖質摂取量を変えながら、吸収量やパフォーマンスへの影響を調べました。
ブドウ糖のみを補給する条件で、1時間あたり約30g、60g、90gなど複数の摂取量を比較しています。
何が分かったのか
ブドウ糖だけを摂取した場合、1時間あたり約60g付近で吸収速度が頭打ちになることが確認されました。
60gを超えて摂取しても、吸収量はそれほど増えず、一部は腸内に残ってしまいます。
この腸内に残った糖質は浸透圧を高めるため、腹痛や膨満感、下痢などの胃腸トラブルにつながることがあります。
記事との関連
「糖質は1時間60gまで」という話は、この研究をもとに広まった考え方です。
ただし、これはあくまでブドウ糖単独で補給した場合の目安であり、すべての糖質に当てはまるわけではありません。
では、なぜ現在は90g以上を補給するトップランナーが増えているのでしょうか。
なぜ90g/h以上を補給できる選手がいるのか
先ほど紹介したように、ブドウ糖は主に「SGLT1」という輸送体を通って小腸から吸収されます。
では、なぜ現在のトップランナーは1時間あたり90g、あるいは100g以上の糖質を補給しているのでしょうか。
その答えは、糖質には複数の種類があり、それぞれ異なる吸収ルートを持っているからです。
代表的な糖質をまとめると、次のようになります。
| 糖質 | 主な吸収経路 |
|---|---|
| ブドウ糖(グルコース) | SGLT1 |
| 果糖(フルクトース) | GLUT5 |
高速道路で例えるなら、ブドウ糖専用レーンしか使わなければ渋滞が起きます。
しかし、果糖という別のレーンも同時に利用できれば、より多くの糖質を身体へ送り込めるようになります。
現在販売されている多くのスポーツジェルやスポーツドリンクで、「グルコース+フルクトース」や「マルトデキストリン+果糖」が採用されているのは、この仕組みを利用しているためです。
研究② Jentjensら|複数の糖質を組み合わせるとどうなるのか
何をしたのか
Jentjensらは、持久運動中にブドウ糖だけを補給した場合と、ブドウ糖と果糖を組み合わせて補給した場合を比較しました。
その後、糖質の酸化量(エネルギーとして利用された量)や吸収効率を測定しています。
何が分かったのか
ブドウ糖と果糖を組み合わせた方が、ブドウ糖単独よりも多くの糖質を利用できることが分かりました。
これは、SGLT1とGLUT5という2つの輸送体を同時に利用できるためです。
近年では、この考え方をもとに1時間あたり90g前後、競技レベルによっては100〜120g程度の糖質補給が推奨されるケースもあります。
記事との関連
「60gまでしか吸収できない」という情報は、ブドウ糖単独を前提にしたものです。
現在では糖質の種類を組み合わせることで、より多くの糖質を利用できることが分かっています。
ガットトレーニングとは何か
もう一つ近年注目されているのが「ガットトレーニング(Gut Training)」です。
Gutとは英語で「腸」を意味します。
つまり、ガットトレーニングとは「腸を補給に慣らすトレーニング」のことです。
以前は、胃腸の強さは生まれつき決まっていると考えられていました。
しかし現在では、普段のトレーニング中からレースと同じ補給を行うことで、胃腸もある程度適応する可能性が示されています。
これは筋肉を鍛えることとは少し違いますが、「補給を受け入れる能力」を高めるイメージです。
その結果、
- 胃の不快感
- 腹痛
- 吐き気
- 下痢
などの胃腸トラブルが軽減される可能性があります。
研究③ Costaら|腸もトレーニングできるのか
何をしたのか
Costaらは、持久系アスリートを対象にガットトレーニングに関する研究をレビューしました。
普段の練習からレースと同じ糖質補給を繰り返し行い、その後の胃腸症状や補給耐性の変化を調査しています。
何が分かったのか
継続的に補給を練習することで、糖質を摂取した際の胃腸トラブルが軽減する可能性が示されました。
また、より多くの糖質を摂取できるようになる可能性も報告されています。
ただし、個人差が大きく、すべての人に同じ効果が現れるわけではありません。
記事との関連
レース本番で初めて新しいジェルを試すことはおすすめできません。
補給そのものもトレーニングの一部として考え、普段から練習することが重要です。
市民ランナーはどこまで必要なのか
| ランナー | 必要度 |
|---|---|
| 健康目的の30〜60分ラン | ★☆☆☆☆ |
| ハーフマラソン | ★★☆☆☆ |
| フルマラソン完走 | ★★★☆☆ |
| サブ3〜サブエリート | ★★★★☆ |
| 100km・100マイル | ★★★★★ |
60分程度までのランニングでは、普段の食事から十分な糖質を摂取できていれば問題になることはあまりありません。
一方で、フルマラソンやウルトラマラソンのように数時間走り続ける競技では、補給戦略そのものがパフォーマンスを左右します。
僕の場合を考えてみる
現在の僕は体重88kg前後で、60〜90分のZone2ランニングを中心に行っています。
そのため、現時点ではレース中に90g/hもの糖質補給が必要になる場面はほとんどありません。
まず優先したいのは、普段の食事から十分な糖質を摂り、筋グリコーゲンをしっかり回復させることです。
しかし将来的にはウルトラマラソンへの挑戦も考えています。
そのときには、糖質補給そのものを練習し、腸を慣らしていくガットトレーニングも重要になるでしょう。
補給も走力と同じように、少しずつ積み重ねて身につけていく技術なのだと思います。
まとめ
「糖質は1時間60gまでしか吸収できない」という話は、ブドウ糖単独を前提とした研究から生まれた考え方です。
現在では、果糖を組み合わせることで90g/h以上の糖質補給も可能になり、トップ選手では100g以上を目標とするケースもあります。
また、補給は知識だけではなく練習も必要です。
普段のトレーニングから補給を試すことで、胃腸も少しずつ適応し、レース本番でのトラブルを減らせる可能性があります。
ランニングのトレーニングだけでなく、「食べる練習」も競技力向上の一つと言えるでしょう。
関連記事
- ランナーの1日の糖質必要量はどのくらい?
- Zone2でも糖質は必要なのか|脂肪燃焼とグリコーゲンの関係
- 筋グリコーゲンとは何か|糖質がランナーの燃料になる仕組み
- 筋グリコーゲンは何時間で回復するのか|ランナーの回復を左右する燃料タンク
- ランニング後の糖質補給はいつまで有効なのか|ゴールデンタイムの真実
- 一度の食事で筋グリコーゲンは満タンになるのか|糖質補給と回復の仕組み
参考文献
- Jeukendrup AE. Carbohydrate intake during exercise and performance.
A low glycemic index meal before exercise improves endurance running capacity in men - PubMedThis study investigated the effects of ingesting a low (LGI) or high (HGI) glycemic index carbohydrate (CHO) meal 3 h pr... - Jentjens RL, Jeukendrup AE. Determinants of post-exercise glycogen synthesis during short-term recovery.
Effects of creatine supplementation on performance and training adaptations - PubMedCreatine has become a popular nutritional supplement among athletes. Recent research has also suggested that there may b... - Costa RJS, et al. Systematic review: exercise-induced gastrointestinal syndrome and nutrition strategies.
Development of Quantitative Estimates of Wood Dust Exposure in a Canadian General Population Job-Exposure Matrix Based on Past Expert Assessments - PubMedThe model provided estimates of wood dust concentrations for any CANJEM cell with exposure, applicable for quantitative ...







コメント